2009年4月 1日 (水)

芸備線 広島~三次

A_4 広島から三次に行きます。B_2
この路線も比較的最近まで急行「みよし」が運転されていました。C_2
名残である快速みよしライナーに乗車。D_2
発車後、しばらくは住宅地を走ります。E_2
だんだん日が暮れてきました。G

里山に日が沈んでゆきます。この侘しさ、なんともいえないものがあります。
H 快速運転になった頃、暗くなってカメラが機能しなくなってきました。列車はひたすらジョイントを刻み続けています。I
1時間19分で三次に終着しました。すっかり少なくなってしまった乗客は改札を抜け、みな消えてゆきました。

かつての急行「たいしゃく」は1時間17分かかっていましたので、このダイヤは優秀です。
次回(いつになるかわかりませんが)は三次からスタートします。

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2009年3月31日 (火)

広島市民球場

A 先日、マツダスタジアムが完成したため幕を閉じた市民球場。
残念ながら試合は行われていなかったがスタンドが開放されていた。B
多くの感動を与えた観覧席。C

座り心地は褒められたものではないがこの一つ一つの座席に腰掛け感動した人が何人いるでしょうか。
カープのファンではない。80年代、古葉・阿南時代は強かった。北別府、大野、川口といった先発投手陣に川端や津田というリリーフ。
浩二・小早川や長島の様なスラッガーから山崎・高橋や正田といった安打製造機、前途の投手を支えた達川。
地味ながら優秀な選手が揃っていた。あと衣が(ry。記憶だけでここまで書けます。
D 3階席から外を見れば原爆ドームと市電が1枚で収まります。
13年前(この時もカープはビジターだった)ここのレストランで鯵のから揚げ定食を食べたはず。F
あった。しかも当時のままでちょっと懐かしかった。E
観客席と広島城。
ここまで市民と一体になったプロ野球チームは他にないでしょう。

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2009年3月30日 (月)

世界遺産・原爆ドーム

1111 1945年8月6日、米軍により広島に原子爆弾が落下し、多くの人命・財産が奪われた。
世界遺産にも指定され、広島に来たからには絶対に足を運ばなければなりません。1113
無残な姿でありながら、様々なアングルで被写体になってくれる、さぞや洒落た建物であったにちがいない。1126
球場の観客席から撮ったので、ひょっとするともうこの角度からは撮れなくなってしまうかもしれません。
おまけ。1235
タリーズコーヒーでちょっと休憩。
ひと時のやすらぎ、ひと時の平和ボケを堪能しました。

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2009年3月26日 (木)

呉線 2

Photo

呉では戦艦大和ミュージアムに立ち寄り。Q2
巨大戦艦が米軍からの総攻撃で撃沈された現実、そして敗戦。改めて知る戦争の悲惨。
しかし、これだけは言わせてくれ。Q3

「地球か 何もかも 懐かしい。」
空気読まなんでごめん! Q
呉を後にします。R
しばらく海沿いを走ります。S
呉ポートピア。T
海田市(「うみだし」ではなかった)。山陽本線と合流します。
下車します。通りかかった貨物列車の後ろ姿。U あ!何かついてる!V
おまけ。瀬戸内少年野球団のひとコマ。

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2009年3月25日 (水)

呉線 1

昨年の5月の連休以来です。
福山からスタートします。
A かつて京阪神間のスター117系で三原まで参ります。B
尾道を通ります。C
三原駅。次のランナーは105系。D
三原を出てまもなく、車窓に海が見えます。E
しばらく海岸線を走ります。F G
かつてC59やC62の急行列車の写真を何度も見たことがあります。時代変われど景色はあまり変わりません。H
しばし車窓を堪能します。ロングシートが残念です。
I まるで模型のジオラマの中を走っている様です。J
呉線のSL時代のことは想像つきませんが、一番古い知識でEF58+24系の「安芸」ですか。
深夜ながら長編成の列車がゆっくりとこの場所を走ったことは想像するだけでも感動ものです。
L 竹原駅。長いホームがかつての栄光を物語ってます。 K
海岸線と別れ、のんびりした風景が広がります。
Mまた海岸線に出ます。カキの養殖がおこなわれています。
N 仁方。かつて四国堀江まで国鉄航路がありましたが、廃止になって25年以上、当時の賑わいはありません。
O 広。のりかえ。115系です。P
10分ほどで呉につきます。

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2008年5月26日 (月)

府中で途中下車

Img_0016_2 鉄橋を渡る列車。どちらも魅力的です。
長々と東京府中の住民であっただけに一度は訪れてみたかったこの町。
というわけで時間の許す限りこの町を歩いてみました。

1850_3 駅前の看板。何気ない看板に感動です。1864_2
公園ちかくの高台から。全体的に落ち着いた町です。
では対比します。(左が東京・右が広島)
まずは駅から。1517_2
広島が先に「府中駅」を名乗ったので、東京の国鉄(JR)駅はありませんので京王線の駅で。1516_2
市役所。東京には1体ウン千万円!?と噂される銅像が飾られています。1959_2
郵便局。駅と同様に広島がオリジナルです。東京は「武蔵」がつきます。
1965 運送会社も地域密着でしょう。1961
そして公園。この近くに「首なし地蔵」があるそうです。
極めつけは「生涯学習センター」1966 名前がモロにかぶっています。1964
ひばりとオオムラサキです。
奇しくも5月5日。くらやみ祭りが催されています。

確かに東京の方が町全体都会的で立派かもしれない。しかし、「ホントに要るの?」というハコ物多すぎ。
その点広島の方がちょっと地味だが暮らしやすそうだ。
1865 その典型。東京にも欲しい巨大100円スーパー。
しかし何で姉妹都市を結ばなかったのだろう。

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2008年5月23日 (金)

福塩線

塩町から福塩線に乗車。府中に向かいます。
1827 引き続き山の中をゆっくりと走ります。1830
このなんともいえない「ゆるさ」がたまらなく癒されます。1831
しかし雨がだいぶ強くなっています。ガラスに水滴がついて写真が撮りにくいです。1835
上下駅。古い町並が残っていますが列車本数が少ないので残念ながら途中下車できません。 1845
まもなく府中。歩けば十数分の区間と言われた?距離を40時間以上ともに旅をしてきたこの切符ともお別れです。1846
川沿いをゆっくり下って府中に到着しました。1876
ちょっと期待して駅員さんに切符を手渡すと、
「無反応」でした。むなし。
ここから電化区間。新たに切符を買って福山へ。
福山まで115系!?でした。1877 
車窓はガラリとかわって住宅地を走ります。1879

私鉄の匂いが漂います。
1882 約30分で福山に着きました。

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2008年5月22日 (木)

芸備線

1801_3 備後落合から芸備線に乗車。1806
木次線と別れ、引き続き深い渓谷を走ります。1807

徐行運転が多い為、時間がかかります。1809
並行する国道を走る車に次々に追い越されます。
「こんな遅くてはクルマにかなわん。」木次線乗車時からずっと思っていた。1811
ようやく次の駅に到着。
この先しばらく制限かかっているため徐行運転が続きます。前を見ると、 1812_2
枕木すら見えず、やぶこぎに近い状態でした。
やがて平野部に出て、スピードを上げ始めました。リズミカルなジョイント音が心地よいです。1813
備後庄原駅で列車交換でしばらく停車。長いホームがかつての繁栄ぶりを思わせます。
駅前を散歩。1815_2 商店でこの地域のお土産を勧められて購入。1814
乳団子デス。はたしてお味は?東京に帰ってからのお楽しみ。
列車は三次に向けて発車。停車時間はよい気分転換でした。
渓谷沿いをのんびり走ることによって改めてわかる新緑の美しさ、見知らぬ町での散歩、乗客や土地の人とのふれあい、新しい発見。列車内は一体感の空気に包まれています。
クルマに乗れば移動時間は僅かかもしれない距離も、列車でじっくり周ればとてもよい旅になります。癒しのスローライフです。1819
折りしも、中東の治安の悪い場所で日本人女性が誘拐された。すぐに釈放されたものの警備の付いたがんじがらめのパッケージツアーとはいえ、とても怖い思いをしたであろう。
改めて考えた。高いカネ払っても結果的につまらない旅になってしまう場合もあるし(実際経験済み)、ただローカル線の車窓を眺めているだけでも旅は楽しめます。

1820 家のつくりも違ってきます。
1821 塩町で下車。福塩線に乗り換えます。まだ時間があるので町を散歩。 1826
駅前のこの閑散とした風景。人家はあるものの店はほとんどありません。(中央の平屋の建物が駅舎)
三次が近いからこの地域の人達はそちらで用を済ませるのでしょう。1824
白壁が美しいです。

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2008年5月21日 (水)

木次線 4

1796 こどもの日
出雲坂根から「奥出雲おろち号」に乗車。
列車で峠越えをします。
17743段スイッチバック。
車内は家族連れなどで大変なにぎわいです。1784_2
木次線を潰すはずだった巨大な「ハコモノ」に乗客たちは大歓声です。
列車からはこんな具合に見えます。1783
寒くなってきましたので控車スハフ12へ移動。1787
この写真撮ろうと車端部に行くと、車内販売につかまり、
気弱な男はもちそばピザ
を買うハメに。 1788
冷めたビザの味は今ひとつでしたがよい思い出になりました。1789_2
1795_2 深い谷を走ります。
備後落合に終着。1799_4 芸備線との接続駅のはずなのに駅前は信じられないほど閑散としております。
先ほどの車内販売さんから折り紙の兜をいただきました。1804
広い駅構内がかつての繁栄を物語っております。

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2008年5月20日 (火)

木次線(番外)峠越え

1561三井野原駅にて。分水嶺へと向かう
では、歩くとなると、常識的に考えて2つのルートがあります。Izumosakane_2 
①「おろちループ」+「三井野原橋」の整備された国道
②旧国道、狭い山道をひたすら歩く(地図の黄色い線)

迷わず旧国道で行きます。
出雲坂根駅前の国道の下の集落から、山へ向かいます。17452
とても幹線道とは思えませんが、標識が古の時代を物語っています。
白い車が止まっている方を行けば広島です。1765
そちらに歩き始めると、さすがに整備が行き届かずに落石があります。
雨が強くなってきました。少々急な上り坂がふくらはぎに負担がかかります。
1747 西側はすばらしい景色です。この付近に熊は生息しているのでしょうか。1748
急なヘアピンカーブ。平成までここをバスや大型トラックが走っていたとは想像もつきません。
ただ、路面についた傷が「夢の跡」として残っております。
今度は東側が開けてきました。1749

3段スイッチバックが見えます。1751
ぶれてしまいましたが、急カーブです。こんな道、車でも夜は走りたくないですね。 1752_2
足が疲れた頃、赤い橋が見えてきました。1754
見晴台です。
またしばらく上ると現国道に合流します。1756

ここが分水嶺です。
約40分で三井野原駅に着きました。雨でしたが楽しいトレッキングになりました。

列車の時間もありますのでそろそろ戻りましょう。現国道から帰りましょう。1758
分水嶺から先ほどの旧道と別れ、トンネルを抜けます。歩道があるとはいえ、すぐ横をクルマが高速で通過するので恐怖を感じます。1759
トンネルを抜けると三井大橋の上。雨が止みました。
ずーっと下り坂です。
道の駅をこえておろちループを歩きます。1761 
少々膝に負担がかかります。いくつかのトンネルをくぐって下に下りるまで30分弱。
しかしすげーな、道路特定財源。
曲線の橋なんて製造コストかかりすぎなのに、いったい誰がこんな壮大なものを作らせたのだろう?島根出身の当時のT総理か?
さらに10分ほどで出雲坂根に戻りました。
1766 露店が出ていましたので焼き鳥と延命水で疲れを癒します。

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2008年5月19日 (月)

木次線 3

1552 藤の花と一番列車
前から気になっている場所がありました。1946
 

 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

時刻表の地図にも3段スイッチバックと大きくカーブしている図が丁寧に描かれています。
いちばんの見どころです。

翌朝、出雲横田から出雲坂根へ移動。1738
木次始発だから、客は自分ひとり。1739
1742 険しい山道を走ります。1743
出雲坂根に到着。運転手に別れを告げ、下車して踏み切りで見送ります。1558
3段スイッチバックに挑む

直線距離では大した距離ではありません。歩けそうですので歩いてみましょう。1744

その前に延命水で水分補給です。

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2008年5月16日 (金)

出雲横田のまちなみ

1556 出雲横田の朝
この町に住まわれている皆様、利用されている皆様申し訳ございません。もっとうらぶれた町だと思っていました。1726
駅前や道路は整備され、思いのほか人も多く活気があります。1728
そろばんの産地だそうです。 1729
駅の裏手にまわると、あれ?
つつじの花の中をのぞけば水が沸いています。当然飲めます。
わかりにくい場所です。車で来ればまず気づかないでしょう。1727
お宿はここ。趣があります。
楽しみの夕食。1733

B級グルメしか知らない男には豪華すぎます。1734
残すのもったいないし明日に備えて意地で完食。

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2008年5月15日 (木)

木次線 2

1540 出雲横田でのバルブ
1713 木次から列車に乗り出雲横田へ。1717
急カーブで徐行しながら山道を登ってゆきます。1719
横の国道の車も少ないです。1721
1723 途中、こんなものがありました。1724
亀嵩駅。ここの駅の有名なそばを食べたいですがいかんせん本数少ないので途中下車できません。
クルマで食べにくるしかありません。
列車は出雲横田に止まります。1725 

まだ明るい時間ですが今日はこの先列車はありません。

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2008年5月13日 (火)

木次のまちなみ

Oroti おろちがやってきた
宍道がさびれた町だったので最初はあまり期待していませんでした。Mati Fujidana
古い落ち着いた町並が続きます。
とても歩きやすい道です。Akiba
萌える?「あきば通り」を歩けばすぐ川に。堤防に登れば
どこまでも続くたくさんの鯉のぼりが待ち構えていました。Koinobori Hasi
その横に、こんな橋。見たことありません。自転車押して渡っている最中雨降ってきたらどうするのでしょう。
また先ほどの通りにもどり、歩きます。Matu
スゴイ!松の木です。建物突き破ってとなりまで枝が伸びています。珍百景候補ですかね。

Mati2 町全体の整備が行き届いております。有名な政治家が出たのでしょうか。

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2008年5月12日 (月)

木次線

1586_2 今回の旅のメイン、木次線。
沿線の見どころは多いものの常に廃止候補フラグが立っている路線。1691
宍道駅。下車したのは1人だけでした。
駅前を5分ほど歩けば宍道湖です。1693
周辺をぶらぶら。人の姿はほとんどみられません。Sinji_2
始発ターミナル駅周辺に人がいなければ廃止も否めません。
発車時刻に近づけば乗り換え客などでホームに人が増え始めます。1579
14時に列車は発車。ちなみに直通は今日の最終です。山へと向かいます。1695
40分程で木次に到着しました。1696_2

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2008年5月10日 (土)

伯備線

総社からは伯備線に乗車。115系です。1151
しばらく複線区間が続き、高梁川に沿って走ります。1666 いくつかの鉄橋とトンネルを抜ければ新見です。1668
駅前は閑散としております。 東京でもおなじみEF64が待機中です。Photo
ナニコレ?なアーケードを発見。1671長さわずか20mくらいです。
新見から時間の都合で特急に乗車。
Photo_2 そういえば381系に乗るのは約25年振りです。1673 1677
かつての難所布原を超えても急カーブと勾配は続きます。1679
生山で各駅停車に乗り換え。115系です。1152
しばらく山道が続きます。1681
1682

景色が広がり右手に伯耆大山が見えてくれば山陰線と接続駅、伯耆大山です。1683
山陰線を走り、米子に着きます。Yonago
あ、またロクヨンが写っている。
おまけ。
この界隈の名物。蟹、鯖です。でこんな弁当を食べました。1688_2

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2008年5月 9日 (金)

吉備線

東京の人間にはあまりメジャーでない路線。吉備線。
Photo キハ47に乗車し岡山を発車。1651 予想通り住宅地を走ります。1655
やがてのどかな風景がひろがってきました。
駅で「桃太郎」にまつわる看板が。1656
この界隈は桃太郎の故郷ですね。1657
1660 約45分で総社に到着。隠れた観光名所がありそうな路線でした。

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2007年11月27日 (火)

津山線・姫新線

10月中旬にアップした西日本・鉄道の旅の続きになります。
今回は岡山-津山-姫路をたどります。
前回、上郡まで戻っていますので姫路から岡山までが正しいのですが、スケジュールの都合上逆ルートを辿る事になってしまいました。
さて、土曜日朝の岡山駅。通勤通学客でにぎわっています。Okayama2_2
キハ47,48系4両編成で津山に向かいます。Okayama_3

座席の半分くらいが埋まったところで発車しました。
しばらく町の中を走ります。1037_2

次の駅ですぐ交換。 1033_2
やがて景色が広がり始めます。
山が色づき美しいです。 Aki2_2 1046

Aki3_2 自分で運転すれば流れる景色ものんびり見てはいられないでしょう。Kawazoi_2
川が近づいてきました。
停車時間を利用してちょっとホームへ。Kanagawa
のんびりした風景が続きました。
そしてまた建物が増え始め、津山に到着。Tuyama

姫新線に乗り、佐用へ向かいます。Kisinsen
キハ120型です。市街地を抜けると、ローカルムード一杯になります。  1034
中国自動車道が車窓を横切ります。Kisin1
ただ速く目的地に向かうだけでしたらクルマで高速を走ればいいですが、車窓を楽しみ、移動にあまりお金をかけたくなければ鉄道に軍配があがります。 
午後のぽかぽか陽気。つい居眠りしたくなります。Kisin2
気が付くと、列車は止まっています。車内に誰もいません。佐用に着いていました。Sayo
一人遅れて下車するも恥ずかしいですが姫路行きに乗り換えます。
キハ40の1両。座席はあらかた埋まっておりました。
発車まで少し時間がありましたので撮影。4本並びました。Sayonaravi

姫路に向けて発車。2人の男の子がいますので車内はにぎやかです。
またのんびりした風景になりました。Sayohassya

播磨新宮でラッピング車両が止まっております。Habatan 停車時間を利用して写真を撮っていると、後ろから「写真とって」と一緒に乗ってきた男の子。
記念写真を撮ってあげ、連れのおばあちゃんから住所のメモをいただいた。車内がなごやかな雰囲気になった。
今回はささやかな旅だったので地元の人と触れ合う機会もなかったと思っていただけにちょっとうれしくなった。ただ、生まれて初めて「おじちゃん」呼ばわりされてしまった。実際、年齢的にもうオヤジなのだ。
列車は市街地に入り、乗客もだいぶ増え立つ人もかなりいます。2両くらいがちょうどよいかもしれません。
高架工事中の姫路駅姫新線ホームに到着。Himeji 先ほどの男の子が、
「写真、楽しみにまっとるで。」そう言い残しておばあちゃんと一緒に下車してゆきました。

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2007年10月18日 (木)

北条鉄道

兵庫県を走る第三セクター鉄道。
始発の粟生駅にて停車中。Photo
発車間際まで車内こんな状態でした。しかし神戸電鉄の接続で発車までに座席はだいぶ埋まりました。Photo_2
北条町駅。新しい駅舎になっています。Photo_3
側線には旧型もいます。Photo_4
帰りはヲタ全開になって後ろかぶりついていました。Photo_6
Photo_5 味わいのある駅舎が多く、つい途中下車したくなります。
Photo_8

のんびりとした車窓です。Photo_7

全線乗車片道400円でした。

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2007年10月17日 (水)

三木鉄道

Photo_9 来年3月で廃止になる三木鉄道。時間つくって乗車してきました。
まずは神戸電鉄三木駅。市内はお祭りの最中でした。Photo_6
橋を渡り、15分くらい歩けば三木鉄道三木駅です。
途中、ちょっと寄り道。
Photo_8 清水の洗濯場です。2

水は冷たいです。
Photo_9 三木駅に向かうディーゼルカー。
Photo_10 三木駅です。残念ながら楽しみにしていた駅前のコロッケ店は休みでした。
さよならグッズ等が販売しております。ちなみに山田錦せんべい500円と絵葉書100円を購入。
乗客は鉄道ファンが多いです。
車窓は全体的にこんな感じです。Photo_11
ちなみに片道250円でした。

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2007年10月16日 (火)

因美線・智頭急行

まずは鳥取駅独りバルブ大会。メディアのエラーで大半が消えてしまい、僅かに残った写真で恐縮です。370 Hot

昨日の続き。
郡家からスーパーはくとに乗車。車内設備はJRキハ281系スーパー北斗に似ています。Photo
山あいのローカル線に不似合いな新型特急がかなりのスピードで駆け抜けます。
智頭駅4分停車。Photo_2

智頭急行に入ります。Sはくとが並びました(写真はありません)。
更にスピードが上がります。トンネルと橋が続き、やがて佐用。少し寛いでいると上郡。
山陰の山あいの郡家から僅か1時間で山陽本線まで連れてこられました。寝る暇もありません。Photo_3
皆が口をそろえて言うとおり「西日本版非電化の北越急行」です。あまりの速さに時間の感覚がずれます。
Photo_4 山陽本線上郡駅。隣の各駅停車に乗り換え相生へ。ひとまずここで今回の旅は終わります。Photo_5
写真が残っていないのは残念です。またのチャレンジにつながるでしょう。

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2007年10月15日 (月)

若桜鉄道

残念ながらこの部分のメディアがクラッシュしてしまいあまり写真が残っていません。
残ったデータから。
Photo 雨の鳥取を7時31分発の因美線に乗車します。少し早い時間ですが本数少ないので早起きしました。
智頭急行の車両は高校生でにぎわっています。約20分で郡家に到着。Photo_2
若桜鉄道に乗り換え。2両編成の列車は高校生を中心ににぎわっています。
しかし次の八頭高校前でほとんど下車して、車内は閑散となりました。
郡家から30分程で若桜に到着。 Photo_4レトロな駅舎です(写真はありません)。
Photo_3駅前はこんな感じです。
駅の奥にはターンテーブルとC12がいます(写真はありません)。
すぐに折り返し。
Photo_5 写真ナイナイずくしで申し訳ないので車窓をお楽しみください。
Photo_6若桜駅発車すると見えてきます。

Photo_7線路際に赤い花がたくさん咲いています。

Photo_8郡家駅。小さな町でした。

先行き不安な鉄道ですが、ローカル色豊かでとても魅力的ですよ。

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2007年10月11日 (木)

播但線・山陰本線

つづき
高架化された姫路駅の取り残された地上駅から和田山に向かいます。
播但線は時間つぶしで過去2回乗車しました。1回目は客車、2回目はロングシートのキハ28だったと思います。
908 今回、こちらも電化していました。103系です。なかなかの混雑で発車しました。市街地を高架で走ります。お城も見えます。
駅に止まるごとに乗客が減ってゆきます。車窓も長閑になります。
909_2 Photo

約1時間で寺前着。ここからディーゼルカーです。
910 ローカルムード満点でのんびり走ります。約1時間で和田山。911
和田山から山陰線に乗り換え。113系です。846

単線なので豊岡などで停車時間があります。ホームに降りて気分転換ができます。
約1時間で城崎温泉。912_2

キハ47ディーゼルカーに乗り換え。車窓から浴衣を着た人達が散歩しています。ちょっと途中下車して温泉につかりたいですが、時間が無いので先を急ぎます。
トンネルを抜けるたび薄暗くなってきました。913
21年前に初めて訪れた時は旧型客車でした。この時は卒業旅行で友人と餘部まで行きましたが、見え張って「ダサい、ダサい」と事ある毎に口にしていました。しかも頭の中は当時惚れていたクラスメートの女子で一杯でした。
温かみのある旧型客車をダサいと言い放ち、結局声もかけられず卒業してしまった女の子との関係。ある意味一番ダサいのは自分だった。
旧型客車はもういない。その女性も今頃きっといいお母さんになっているかもしれない。しかしのんびりした車窓は当時とあまり変わっていない気がする。914
餘部鉄橋を渡る頃、日が暮れました。925

約1時間で浜坂着。930
ここから鳥取に向かいます。853

後ろがキハ33。珍しいのでその車両に乗車します。
ベースは50系客車。北海道の車両よりオリジナル度は高いです。
真っ暗闇の中鳥取に向かいました。
936 鳥取に着いたのは夜でした。つづく。

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2007年10月10日 (水)

福知山線と加古川線

近畿地方と中国地方で南北に結ぶ路線が数多くあります。気の利いたタイトルが思い浮かびません。
ちょっとしたチャレンジでもお約束しましたとおり、少しずつ「乗り鉄」を行っていきましたので関東人の目から見たそれぞれの路線をレポしていこうと思います。
福知山線は12年前の失恋?旅行で行って以来である。その時はデビューしたばかりのタンゴディスカバリーであっさり通過してしまったので余り印象はありませんでした。
さて、苦手な場所大阪。931 第一ランナー篠山口行きに乗車。932

113系です。 
尼崎までは神戸線と平行します。快速電車とデッドヒートが楽しめます。927

寝台列車が写ってしまいました。
尼崎を過ぎれば神戸線を乗り越し北へ向かいます。左カーブにさしかかります。ここで多くの方が亡くなった脱線事故からまだ2年半。そっと目を閉じる。
レールをきしませ現場をゆっくり通り過ぎる。

933_2伊丹・川西池田付近はベッドタウンといった感じです。
宝塚を過ぎれば山の中、とはいえ橋とトンネルで実感沸きません。川沿いを客車列車がディーゼル急行待ちながらゆっくり走っていた時代から20年。
いまや長い編成のステンレスカーが次々とすれ違う路線になっています。934

しかし三田を過ぎればのんびりした風景になります。 935

大村昆氏の出身地篠山口に到着。
駅前を散策します。コンビニなどはありません。ただ、駐輪場、いや自転車預り所が多くあります。これも駅と町の中心が離れているからでしょう。
次は福知山行きに乗車。引き続きのんびりした風景が谷川まで続きます。
937 谷川で加古川線に乗り換え。
電化されていましたとは知りませんでした。鉄失格です。823

938最新の電車とはいえ、のんびりとしたローカル線である事には変わりません。
939子供の頃から気になっていた日本へそ公園です。

940
西脇市で加古川行きに乗り換え。ラッピング電車でした。824

103系もここまで改造されると何が何だかわかりません。
941粟生で下車。

三木に寄ったため続きは厄神からです。終始単線でそれほど都会でもない車窓が続きます。907

高架線になって加古川着。
姫路に向かいます。
つづく。

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