201系四季彩
たまには鉄ネタでもアップしましょう。
先々週、全ての運用を終了し、廃車となった201系四季彩。
いまひとつ写欲が沸かない形式なので馴染みある形式にもかかわらずあまり撮ってませんでした。
その罰か、どうしてもうまく撮れませんでした。お見苦しくはお許しを。
過去写真からいくつか。
富士急行三つ峠~寿間。2007年1月。
石神前。2007年3月。
軍畑。2007年4月。
そして、
南多摩~府中本町の多摩川鉄橋。2002年11月。
たまには鉄ネタでもアップしましょう。
先々週、全ての運用を終了し、廃車となった201系四季彩。
いまひとつ写欲が沸かない形式なので馴染みある形式にもかかわらずあまり撮ってませんでした。
その罰か、どうしてもうまく撮れませんでした。お見苦しくはお許しを。
過去写真からいくつか。
富士急行三つ峠~寿間。2007年1月。
石神前。2007年3月。
軍畑。2007年4月。
そして、
南多摩~府中本町の多摩川鉄橋。2002年11月。
更新遅くなりました。
決してネタが切れた訳ではありません。
多忙でした。そして、
更新すると「アルプス」がトップページから消えてしまう。
などなどつまらぬ理由が更新を遮っていました。mixiの写真は更新しておきましたが。
面倒なので、「パソコンが壊れた」とウソをついてフェードアウトしてしまおうかとも。
いかんいかん。真面目に更新せねば。
で、松坂屋の裏にある焼きそば店。
暑いので汁物よりはマシだろうと。
メニューにあった「豚汁セット」はうまそうだったが季節柄、止めといた。
サラダセットにしました。
太い麺に濃い目の味付け。量は1玉なのでやや少ない。
これで680円という金額はやはり場所が場所だからであろうか。
食べた後の感想
「自分で作ったほうがよかったかも。」
色々な人から話題が沸騰しているこの飲料。
ちょっくら飲んでみた。ドケチにはきつい137円。
第一印象。ドクターペッパー。
その後の感想。
「まずい」
結局最後まで飲めませんでした。
多分今シーズン限りで消えるでしょう。お早めに。
ついでに。
公開してくんないかな~~~~。
急ぎの用(マンションの集会)があったので手短に食事を済ませたい。
入ったのが吉野家。並盛セットで550円。
中国産?のウナギが申し訳程度にのっています。全体的に量が少ない。鰻に山椒がかかっていない。
550円だから文句は言えない。
これじゃあ2時間で腹が減る。
夏の予定を立てながらファミレスで軽食。結構至福の時間。
結果お高いランチになってしまいました。
誕生日の夜だからといって、部屋でケーキを食べてたわけではない。お酒を飲んでいたわけでもない。
なのに、オトナの「G」という訪問者がカサコソ出没。
すぐに撃退したものの、「いったいどこから?」という疑問と恐怖だけ残りました。
腹いせに残ったジャガイモを掘り返しました。
この量で3日分位ですね。つまり、
トータル1週間自給自足が可能
という結論に。
あとはゴーヤーだけです。
この件、しばらく音沙汰なかったのでその後どうなったか。
けっして諦めたわけではなかった。
ホラ、ご覧のとおり。
株によっては早採りして しまった! ものもあったけどこれでもまだ半分。
芽が出てしまった芋(&押し付けられたししとう)と余った土、そして生ゴミ肥料 だけである。
単純にこの量でカロリー換算すると成人男性の2~3日分になる。つまり、
タダで2~3日生きていける。
という事ですな。
さらにこんな生き物にも出会えます。コンニチハ。
「どこ見てんのよ!」
先月28日の出来事。
「中央特快」に乗車していたので本当ならここで食べる予定はなかった。
武蔵小金井駅手前で急ブレーキと同時に注意のアナウンス。そして停車。
5分ほど缶詰ののち、人身事故を伝えるアナウンス。でもってドアが開く→ホームへ。
衝撃はなかった。それらしき状況には感じなかったので何かの間違いだろう。
駅員が走り回っている。ホームの乗客に聞き込みをしている駅員もいた。
消防車や救急車のサイレンがこちらに向かってくる。
あきらめて改札へ向かう。救急隊や警察とすれ違う。
小金井街道を南へ歩く。正直ろくな店はないが、何台かパトカーや消防車が向かってきた。
駅に戻るが、高架ホームを見上げると、救急隊などが線路に下りて探している。
運転再開まで時間がかかりそうなのでここで食事をする。
北口改札下の立ちそば店。以前はラーメン店。
冷やし温玉たぬきつねそば。470円。濃い味付け、量ともにあじさいと一緒。
翌日、興味本位で人身事故掲示板を覗いたら
40代♀、後ろから2両目で852
つまり、乗車中の自分の真下を・・・orz。
命を粗末にするなよ。
いきなり結論。
「飯にごま塩かけてくれ。」
というのは自分が生まれて初めて口にした駅弁だったと思う。たしか小学1年(記憶はあいまい)。
母親いわく「生野菜とご飯じゃどうやって食べたらいいかわからん」
でもチキンカツはやわらかく良い味だった。
しかしビールを飲んだりおやつを食べていた周りの人たちは「黙々と」食べていたのが印象的。
さて、銀の水筒の中身は駅弁のお供にと松本で用意した味噌汁である。
冷めていないか心配したが、注いでみると
「アッー!アッー!」
もとい、熱々であった。
夕刻、松本から上りのアルプスで新宿へ戻る。
行きと同じ席、同じ顔ぶれでの帰り道。
先行のあずさが出てしばらく時間を置いてからの発車である。
沢山の人たちに送られて松本を後にする。音楽(Material Girl/Madonna)をかけご機嫌である。
道路を歩く人、踏切を待つ人、皆この珍しい列車に注目する。
遊んでいる子供たちはその手を止めて「?」から「!」の顔をしてこちらを見る。
子供たちにもちょっとうれしいサプライズだったかもしれません。
こういった注目はこの先続くだろう。
さて、BGMは1985年の洋楽をかけている。これは85年の大晦日夜にFMで放送されていた番組を録音した当時のオリジナルである。
これもすんなり録れたものでなく、ステレオラジカセを持っていなかった自分は兄に願って貸してもらった。とはいえ紅白を見ている家族にはそうとう目障りになっていたこともあった。
まだ明るいのにともぞう氏をはじめ皆さんはビールが進んでいる。塩尻を発車し、トンネルを抜けて岡谷、下諏訪と通過し諏訪湖が見えます。
上諏訪到着。停車中も曲(St.Elmos Fire→Miami Vice→We Don't Need Anoter Hero)がかかっているので退屈しない。
当時の映画テーマソングが中心だがこの路線をこの列車内で聞ける、まさに24年越の夢がかなっている。
発車。茅野を通過し高原の風景が広がります。
小淵沢で弁当積み込みのため一旦停車しましたが、なかなか早いペースです。列車は草原のフィールドにシュプールを描きながら甲府盆地への坂道を下っています。
不思議な自然現象が見られました。
甲府の側線に一旦停車。
山梨市に進んでスーパーあずさに道を譲る。ここまで逃げ切った。
夕方の勝沼を通過し、山道に入る。
いくつものトンネルを抜け、笹子付近を走る。
並行する高速道路からは、この列車をどんな風に見れたのだろうか。叶わぬことだが平行するバスから是非見たいものである。
大月付近のビルのガラスに反射してこの列車が映る。想像以上に鮮やかなブルーであった。後ろに機関車がくっついているのは愛嬌である。
鳥沢鉄橋を渡ります。夏至なのでまだ明るいです。
列車は高尾に停車。
かなり長時間の停車となりました。
八王子で停車し、立川でもまた長時間の停車となりました。ここで諦める人もいました。
ずっと晒し者になって嫌気がさしてきましたので正直リタイアしようかとも思ったが、終点まで乗ってみよう。
反対側のホームに一般客に混じって三脚を持って走り回っているファンもいます。ともぞう氏は三脚を肩に担いで走る姿を「マサイ族」と呼んでいたがまったくそのとおりです。
立川を発車、日曜の帰宅時間を新宿に走ります。
窓を開けてちょっとカメラを出して撮影。
西国通過!
三鷹通過!
今自分は夢を見ているのか?
ホームでは先行列車発車→すぐに通過のアナウンス→ちょっとして轟音の機関車+客車+機関車が通過 の流れでしょう。
それにしても恐ろしいほどの注目度です。
まもなく新宿に終着。現実は冷たすぎる。
一人旅がスタンスだが今回はボックスシートでの旅だったので見知らぬ3人組との相席だけは避けたかったのでともぞう氏を誘ったが、快く付き合ってくれたこと、
定期時代の「急行アルプス」の住人だった同士として乗車出来た事に感謝したい。
執筆中にマイケルジャクソンが急死のニュースが入ってきた。
今回、12系であるため165系によくあう(あくまで個人的に)彼の曲は持っていかなかった。小淵沢に向かっている最中に「We Are The World/USA for AFRICA」の1フレーズだけがイヤホンから流れてきたのみだった。
マイケルは伝説になってしまった。
はたして「アルプス」も伝説になってしまうのだろうか。
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