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2009年6月29日 (月)

赤沢・木曽谷の森林鉄道

Img_0010 寝覚めの床 2003年撮影。
松本からちょっと足を伸ばして中央西線・上松へ。
大雨。われわれの普段の行いがよほど良いらしい。
2805 上松宿。こじんまりとした佇まいです。
すぐそばには鬼淵鉄橋。Onibuti これは森林鉄道で使われておりました。Bus
赤沢までバス。
初体験。森林鉄道の乗車です。Rintetu
Taki 雨であるがしっとりした雰囲気になりました。Taki2
Rintetu2 マイナスイオンをたっぷり吸収できましたね。

Gohei 五平餅で腹を満たします。

くどい様だが残念ながら雨である。晴れていれば同行したともぞう氏の反対を押し切って上松まで廃線跡を辿ったりあるいは大桑まで山越えのハイキングゃウォーキングを楽しむつもりだった。
Hiking 今回はこの顔でガマン・ガマン。

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2009年6月25日 (木)

2009・客車急行アルプス下り

Top甲府停車中。

6/20夜、新宿から松本まで片道夜行で「急行アルプス」が走った。思い出の多いこの愛称の列車が走るとなれば我慢ならない。
どうにか入手したアディダスの古いウィンドブレーカーと1984年洋楽ナンバーを入れたイヤホン式カセットプレーヤーを持ち込んで乗車。
当時中2であった自分が叶わなかった事をさっそく実行させてもらった。
「お前は過去を振り返る人間だ。」ブログをはじめてからそんなこと言われる。
そうかもしれない。ではそんなに楽しい人生だったか?そんなことはない。いくら机に向かっても勉強に集中できず成績は下がる一方、翌年に控えた受験もあり不安だらけであった。
そうあれば今現在の方が余程充実している(はず)。

新宿駅23時を回っているがまだ活気があります。やはりこの列車を一目見ようというファンも多いです。Photo
沢山の人に迎えられ38分に列車が入線。
EF64-39+オヤ12-1+オハ12-369+オハ12-368+オハ12-367+スハフ12-161+EF64-1001
落ち着いた頃、定刻で列車は発車。このスペシャルな編成はいつもの通勤路線を走る。Photo_2
BGMをかけてみた。イヤホンから「♪You put the boom-boom into my heat~(Wake Me Up/WHAM)」この曲でスタートしたので発車早々どっぷり浸ってしまった。

同行のともぞう氏も夜汽車にビールでご機嫌のようだ。
車内も見た限りマニアばかりでなく一般の人も多数乗っているので落ち着いている。Kiti
Girls Just Want To Have fun(ハイスクールはダンステリア)/C・Lauperを聞きながら吉祥寺を通過。どうもこの曲は「学園天国」と被る。
Tati しばらく停車した立川を発車して車内が少し暗くなりました。
高尾を過ぎてもまだ眠りにつく人は少ない。
BGMが終わって耳栓を外せば強くなりだした雨が曇った窓を叩く。
大月付近にもなると車内が静かになってきた。自分も一旦仮眠をとる。
トンネルの音で目が覚めればもうすぐ勝沼。
Katunu 勝沼を通過すれば左手には甲府盆地の夜景が広がる。Kofu
沢山のファンが待ち構えている午前2時半、甲府に到着。雨は止まず。
暫く停車ののち甲府を後にする。車内は静かであるがまだところどころのBOXで話し声が聞こえる。
昼間は景色の良い区間もこの時間は真っ暗だ。そんな闇夜を切り裂くように列車は進む。
確かに眠い。この後を考えると寝ておいたほうが良い、とかつては思いかえって眠れず辛い思いをした。
体力もなかったので不安になっていた。人並み以上に体力の付いた今は年の功で乗り切るつもりだ。
夜汽車の旅を堪能させてもらう。とはいえ通路側なので窓を開けて外を見ることはかなわない。
小淵沢を過ぎ、茅野、上諏訪へと進む。
「ガックン」と揺らしながら上諏訪を発車すれば、左に真っ暗な湖面が垣間見える。
岡谷を通過しスピードをあげてトンネルに突入する。松本も近い。
トンネルを出れば、空がうっすら青くなっている。まだ4時である。
車内の照明も明るくなってアナウンスが入る。くどい様だがまだ4時である。
塩尻に停車中に外もだいぶ明るくなった。
塩尻を出ればラストスパート。中央夜行のクライマックスはこの曲(Oh,Sherrie/Steve Perry)で締める。Asa
残念ながら雨模様である。梅雨時なので仕方がない。
すっかり明るくなった松本に終着。2912
警戒していた直角のボックスシートはなかなか心地よい座席であり、なにより充実したプライスレスな夜であった。

窓側から見たこちらのブログも是非ご覧下さい。

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2009年6月18日 (木)

府中・さっぽろ

府中市新町の学園通り沿い。

2750 中学時代当時からある中華料理店。
平屋の住宅はなくなり周囲は綺麗に様変わりしたが、この周囲は当時のまま。
向かいは府中六小。当時市内一のスポーツ学校。
現在も「なでしこ」のDFの出身校であるので知名度は高い。
六小を卒業すれば店の隣の五中へ進学されます。ここも比較的スポーツでは強い学校でした。
他所から五中に転校してきた自分はいかんなくその低性能ぶりを発揮した。

話を戻して、
オーソドックスに「ラーメン半チャーハン」をたのむ。
待ち時間は少々あるが、一年前の週刊誌を見て時間を潰す。
2749 見た目も味も実にオーソドックスです。
オーソドックス→飽きのこない→スタンダード ですか。
片隅のテーブルでは草野球の連中がユニフォーム姿のまま酒を浴びてました。

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2009年6月16日 (火)

長崎・きっちんせいじ

2005年5月訪問。ちょっと古いですが。
長崎といえば、ちゃんぽん・皿うどん・トルコライスだろう。
しかしトルコライスだけは東京ではなかなかありつけない。
というわけでひととおり観光した後、トルコライス店を探した。
眼鏡橋の比較的近く。
3 ぶれてしまいましたが路面電車の車体が再利用され「鉄分」多目です。
店内も路面電車のシートなどが活用されています。
ついに「本場のトルコライス」と対面。2
ご覧のとおりカレーピラフにチキンカツとナポリタンが付いています。
まさしく「大人のお子様ランチ」です。
デミグラスソースもなかなかマッチしていた記憶がありました。
満腹で店を出ると・・・雨だった。
「♪ワワワワーー♪」
濡れてホテルへ帰りました。
午後8時(土休日)に閉店ですので夜、東京の感覚で店に向かうと「本日終了」になりますのでご注意を。

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2009年6月12日 (金)

~Romantic Railway~ 木曽谷・小川森林鉄道

木曽の山深いところを走っていた森林鉄道。
最後の大滝線が昭和50年に廃止になったので当然現役時代は知らないが、その存在は知っていた。
まだ何も知らずに初めて木曽を訪れた84年、その後記念館の存在を知って歯がゆい思いをした。
それから2回ほど記念館を訪問したが、(あくまでも当時の自分が)いい時ではなかったのが原因で足が遠のいてしまった。

2003年のGW。ML信州から乗り継いで上松へ。そしてバスに乗って赤沢へ。
当時との違いは道路が舗装されているくらい。
バスを降りれば森林鉄道記念館へ。
Img_0003_2 BLWが出迎えてくれました。
観光列車が走っておりますので撮影。Img_0030
北陸重機のレプリカモデルと運材台車に新規車体を被せたものですが、よくイメージが捉えられています。Img_0032
ヒノキ林の間をオープンデッキの列車が走るなんともいえないほのぼのとしたこの風景がタイトルにした理由です。

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2009年6月 9日 (火)

ジャンク品購入

アルプスのクーポン届いた。でもその時あんなこと(①~④)書いたばっかりに・・・。

こんなCD出ていたのを知っていたのですが、意を決して買った。

2777 1985年洋楽ヒット曲集。20曲で1575円。

これはそもそもギフト用ですが、とにかく当時の曲が聞きたい。

1984年が欲しかったのだったが、残念ながら売り切れていた。

家で聞いてみると、「Suddenly(ビリーオーシャン)」「涙のフィーリング(REOスピードワゴン)」

頭の2曲で(イケてない)中学時代へのタイムスリップに成功した。しかしCDの最後のほうは興味のない曲で帳尻を合わせられている。

ついでに立ち寄った大型リサイクルショップ。

店内を20分近くうろついて探し当てたものがコレ。

2778 本体210円イヤホン210円。本体は何種類かあったが、

①構造がシンプルである。→たとえ壊れていてもなんとかなりそう。

②乾電池で動く。→動くかどうかわからないもののために専用の電池を購入するなどしたくない。

③デザインが80年代そのもの。

この条件が整ったので購入、帰ってすぐ電池を入れて再生ボタンを押す。

「・・・・・・」

動いてくれない。しかし諦めず回転部を何回か指で回してみる。すると

「ジーーーー」

う、動いた!

早速手持のテープを入れる。

微妙ではあるが確かに「Don’t Look Back(BOSTON 1978)」が聞こえる。

蓋についているレバーをスライドさせれば重低音が響く。最新デジタルプレイヤーなら他愛もない機能であるが、20ウン年前の機械である。

「スゴすぎ。」

過渡的な技術がすぐ商品化された明るい未来が見えていた80年代。

しかも210円だze。馬鹿にしてはいけない。でもすぐ壊れるだろうけど。

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2009年6月 8日 (月)

武蔵家別館 2杯目

2776 ガテン系のガッツリ系が食べたかった訳ではない。
ラーメンは2日連続では食べたくなかった、ただそれだけ。
友人(アラフィフ)T氏と特に迷うことなく頼んだレバ丼。ちなみに700円。2775
大盛ご飯に千切りキャベツ+レバニラ+チキンカツ+温泉玉子がのっていますね。
2人とも躊躇することなく完食。

しかしボリュームとニンニク等刺激が強かったせいか夜~翌朝にかけて腹下しました。

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2009年6月 3日 (水)

リメンバー’86

「清原になれるか、桑田で止まるか」
ゴールデンルーキーが鳴り物入りでプロに入り、2選手の1年目を揶揄した言葉が残った86年。
しかし、その後の2選手の活躍(というより存在)ぶりはここで説明するまでもありません。

客車急行「アルプス」が片道夜行で走ります。概出ながら86年当時の1枚。
Img_0026 さて、その年以来の乗車チャンスがめぐってきました。
じっさい乗車すればカオスのうえ窮屈であり、耐久レースみたいなただ漠然としたものでなるであろう。
梅雨時で天気もあまり期待できませんがそれなりに楽しもうと思います。
例えば、自らを80年代にタイムスリップして、
①髪型は前髪片側立ち上げ、もみ上げを剃る。テクノカットといいましたっけ。
②チェックのシャツと太股部の広い裾の折り返したボンタンと呼ばれた様なズボン。当然シャツの裾はズボンに入れる。
③派手な靴下にコンバースのデッキシューズ。
④多機能デジタルウォッチとウォークマン。カセットは80年代のポップス満載で。

あと何かありましたっけ?
勇気を持ってこんなファッションで乗車できれば神でしょう。ただ列車を下りれば浮いた存在になりかねません。でも④くらいは実践したいですね。

正直、あんまりよい年ではなかった。できればリメンバーはしたくない。
「マルビ」だったので上記の「ナウな」ファッションはとても出来ず、学生服があってよかったという位親から買ってもらったダサい服ばかりだった。
沢山いたアイドルにも興味が沸かなかった男子校の自分には異性との交流など夢のまた夢であった。

時代も決して良いものでもなかった。人と違う事をすればダサく、叩かれるというのが筋。
大の大人、いや高校生以上が鉄道車輌にカメラを向けるという行為は「ネクラ」趣味と断定された。
ともなれば80年代が今ならいったい自分がどういった生活を送っていたでしょう。
「平日夜は巨人戦見て、休日は競馬かパチンコ、たまに愛車コロナでゴルフ」
ありえません。絶対ムリです。まったく「冗談じゃナイヨ。」

人気タレント(後の映画監督)が子弟(うち一人は現在知事)を連れて暴力目的で雑誌社を訪れたニュースで締めくくった年。
その時代の「良い部分」だけを切り取ってどっぷりと思い出に浸る、のがマイブームですか。
せっかくなので類似写真でも貼り付けておきます。Img_0023
89年9月。北大町通過する91号。

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2009年6月 1日 (月)

江ぐち 二杯目

ややこしい事を抱え、一息ついて空腹を感じれば1時半を回っていた。
電車に乗って三鷹へ出たがまだこれといって食べたいものもなかった。
2780 しかし気付けばこちらに足を運んでいた。まぁいいか。

一年ぶりに「五目ワンタンメン」を頼む。
2779 味など内容は当然ながら変わってはいない。

750円支払った。そんなに高くなかったような気がする。
とうとう「江ぐち」も高級グルメになってしまったか。

ついでにアップ。2781
なんだかよくわからない花が咲いてました。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか。

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