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2007年8月29日 (水)

2004・ムーンライト信州

新宿から中央・大糸線を走り白馬へ向かう季節運転の夜行快速列車。
今年みたく8月の暑い日、この列車を利用した。夜になっても涼しくならず、じっとしていても汗がにじみ出てくる。帰宅客の雑踏で余計に暑苦しい。Photo (この写真のみ2006年秋撮影)
特急専用ホームから出発するのでそちらに向かうと山男や自転車部隊など、すでに多くの人達がこの列車を待っている。
待ちくたびれた頃ようやく入線。列車は183系。かつて「あずさ」で活躍した特急車両である。1
ドアが開くと皆吸い込まれるように車内へ入っていく。全車指定なので座席の奪い合いは無い。
満員の乗客を乗せ、新宿駅を発車。夜なお明るくヒートアイランドの摩天楼を後にする。普段の通勤路線で通い慣れた車窓もリクライニングシートであればなんだか不思議な感覚に陥る。
左側からステンレスに黄帯の緩行線列車が追い抜いてゆく。しかし次の駅で抜き返す。時代は変わってもダイヤはあまり変わらない。
立川、八王子と停車。少しだけ残った主のいない席が埋まる。景色は少しづつ暗がりが広がる。
列車は高尾を過ぎ、断続的にトンネルが続く。車内は明るいままであるが意識を失う。
気がつけば大月を過ぎて、笹子トンネルに向かって坂をのぼっている。やがて長いトンネルを抜け、左手に甲府盆地が広がる。宝石を散りばめたような夜景は、無理しても起きておく価値はある。
ほどなく塩山。深夜にかかわらず、山男たちが下車してゆく。
塩山を発車し、甲府へ。甲府に限らずほとんどの駅では停車時間が短いので下りられないのが残念だ。
また意識を失い茅野到着のアナウンスで目が覚める。山男たちが続々下車してゆく。
上諏訪、岡谷と停まり、塩尻へ。その頃少し明るくなり始めた空は、10分間の停車中に青く染めてゆく。
塩尻を発車。リズミカルなジョイント音とともに徐々に車窓が明るくなる。
この年、自分はいわゆる女性問題でかなり悩んだ。会社、親を巻き込み、結果体重も減った。自分をののしった女は何故あんな行動をとったのだろう。疑問が怒りを蒸し返す。
松本到着のアナウンスで我に返る。寝不足は余計な記憶を呼び戻す。
明るくなった松本到着。乗客が続々と下車してゆくが、停車時間は短い。
さて、アテネではオリンピックが開催中である。柔道、水泳、体操や陸上競技においても日本人選手が活躍をし、テレビでの興奮を思い出した。
松本を発車した頃、そのつどかかったテーマ曲「栄光の架け橋」頭の中でかかる。やはり寝不足である。3
駅に停まる毎に少しずつ乗客が減ってゆく。信濃大町でだいぶ下車し、3分の1くらいにまで減ってしまった。少し霧がかかるが、さわやかな早朝の湖畔を列車は走る。窓が開かないのが残念だ。
大糸線がこんなすばらしい景色であったのは知らなかった。
ちょっとした山あいを走る。萱葺きであったであろう農家の建屋がちらほら見える。
乗客たちも荷支度を整え始める。
白馬に終着。皆次々と下車してゆく。真ん中がスロープになっている狭い跨線橋を登山靴達が足音を立て改札へ。
山男たちは駅前広場でタクシー、バス乗り場に更なる目的地へと向かっていった。
さわやかな高原の朝。昨日、いやつい数時間前まで大都会の雑踏の中にいた事が嘘のようだ。

自分にとって「栄光への架け橋」となったであろうこの列車の引き上げ回送を湖畔で撮影いたしました。Img
さて、今度はどんなドラマが待ち受けているであろうか。

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2007年8月28日 (火)

生田原・ノースキング(レストラン)

昨日にひきつづき、ノースキングをご紹介いたします。131_2
ここのレストランです。2Fが吹き抜けになっており、東側線路側がガラス貼りになっていますので開放感があります。
風呂をあがっても他に食べる場所がありません。町中どこ探しても。
いつも不思議に思うのは入り口のメニューとテーブルのメニューが少し違う気がします。
というわけでこの「生田原ランチ(1000円)」も店内メニューです。Photo
牛乳を固めたハンバーグとエリンギ、どちらも地元産でしょう。
ハンバーグはおろしだれでいただきます。千切りサラダとポテト、牛乳と杏仁豆腐がついています。
超ヘルシーです。
このお店、以前聞いた話では何年か前にオーナーが変わり、中華メインのメニューになっています。
なので肉野菜炒めなどは結構いけます。Photo_2
営業は午後8時までですのでお早めに、と閉店近くに入りましたが、8時前にウエイターさんがメニューを差し替えに来ました。
「居酒屋メニューです。よろしければどうぞ。」10時までやっていますので一安心です。

こんな親近感のある店も、何年か前の冬、遠軽駅で大雪で身動きがとれなくなった特急の乗客たちに差し入れをした経緯があります。
とても頼もしい店なのです。

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2007年8月27日 (月)

生田原・ノースキング(温泉)

遠軽町に吸収合併された生田原町。ここにある温泉宿泊施設をご紹介いたします。
いわゆる温泉・ホテル・レストランなどで構成された公共の宿です。131
さびれた小さな町ながら駅前ということもあり地元の人や観光客でなかなかにぎわっています。20070817183537
北海道を訪れるたび立ち寄っています。正直自分の最も気に入った温泉施設です。
併設されている温泉は500円。脱衣所へ足を運ぶと棚に籠がおいてあり、銭湯といった感じです。
浴場に入ります。浴槽は4つ。右から高温湯、低温湯、マッサージ、薬草湯です。湯温は38~41℃くらいです。他にサウナ、水風呂、打たせ湯があります。
ひとつの浴槽に5人も入れないくらいの大きさです。小さな町なのでこれで十分でしょう。
洗い場は7~8人くらい使えます。
旅の疲れを癒せます。ただ、温泉の質でしょうか。一部(大理石敷きの部分)かなり床が滑ります。注意が必要で、床の改良を求めます。
ひとっ風呂浴びて休憩所で休憩するも良し。レストランで併設するも良し。

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2007年8月24日 (金)

201系T11(T111)編成

本日は話題を地元に戻しまして・・・。
昨日、201系のT111編成、元T11編成が廃車のため長野へと回送された。
T113 T11編成時代の写真。国分寺駅にて。
T1114 T111編成。四ツ谷にて。
T1112 アップです。

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2007年8月23日 (木)

生田原・林冷菓店

石北本線は遠軽を出て常紋峠を超えて北見へ。その常紋峠の麓にある町生田原。夏でも涼しい。
先日の記録的猛暑日でもここの最高気温は20度を超えたくらい。東京の人間にとっては別世界でした。
20070817172601 そんな小さな町にあるアイスクリーム専門店。なかなか繁盛しています。3年ぶりです。
バニラ・ココア・いちご・ミックス(バニラとココア)の4種類。欲張りなのでミックスを注文。
北海道ミルクたっぷりのアイスはとても新鮮な味です。時折氷の粒が入って昔のアイスを思い出します。20070817171723
主人曰く、昔から味は変えていないそうです。それが人気の秘訣かもしれません。
でも、遠方から車で買いに来る人ばかりです。生田原町が遠軽町に吸収され、役場の人もほとんど遠軽町内に引っ越して若い人がだいぶ減っているそうです。
近所の盆踊りもカネが無いから1日こっきりだそうです。
このまま過疎化が進みそうだと嘆いていました。なにか町おこしになるものがあれば、とも言っていました。
その盆踊りの出店で売っていた「砂糖がけホットドック」を思い出し、提案しました。
盆踊りの会場で塩をまぶした?ホットドックを食べている学生を発見。塩をまぶしたホットドックとは珍しいので売り場へ。
ドックを1本たのむと「ケチャップにします?砂糖にします?」まぶされていたのは塩ではなく砂糖であった。
怖いもの見たさで砂糖をかけてもらった。味は正直褒められるものではなかったが、名物としては面白いでしょう。754

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2007年8月22日 (水)

網走・ホワイトハウス

昨日遅くまでの残業の帰り道、ふとメールを開くとココの常連からとある居酒屋の写真が送られてきた。
ジョッキと餃子などの画像は暑さと疲れの中非常に腹立たしい画像であった。
というわけで、順番を変えて本日はこのお店を紹介します。
網走の町の中にありますので駅からは港の方に歩いて10分くらいです。
12年くらい前、当時勤めていた商社を辞めて放浪の旅の途中立ち寄った時にこの店を知り、以来この地に行く折ここで食事をしています。
20070815173242 この日は夏祭りのため道路一杯に露店が立ち並びお店の写真はうまく撮れませんでした。
カウンターの決まった席に座り、今回は3色丼とステーキのセット(1250円)を注文。厨房の動きを見ながらしばし待つ。
やがて運ばれてきましたのはご覧の通り。20070815174325
つけあわせのついたステーキとホタテ、イクラ、ウニの丼と大きなお椀によそられた味噌汁です。
丼も「吉野家の並盛」程度といえばその大きさは想像つくでしょう。
味付けも悪くなく、大食漢の人でも満足していただけると思います。
もし、生の魚系が苦手であれば肉類のメニューも豊富です。
「網走来たからにはここで食べるべし。」

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2007年8月21日 (火)

遠軽駅・かにめし

旭川と網走を結ぶ石北本線。厳密に言うとそうではないらしいが、細かい事書くと本題を外れるのでこの辺りでやめておきます。
この路線は北見峠、常紋峠という2つの峠道があり、気候条件もあるので鉄道にとっては厳しい路線でしょう。
そんな石北本線のほぼ中間にある遠軽駅。ここで進行方向を変えるので特急でも数分の停車時間がある。
Photo そこで購入したいのが駅弁「かにめし」900円である。ホーム立ち売りで購入しました。都内デパートでの駅弁大会にはまだお目見えしていないはずです。
昔ながらの包み紙と折に入っていますので旅情が味わえます。乗り換えた鈍行列車で窓を開けて食べます。Photo_2
敷いたご飯の上に蟹やそぼろなどが載っています。粕漬けなどが付け合せです。
味は薄いかな、と思いましたが素材の味を生かした昔と変わらぬ味付けのようです。
量は少ないので2つはいけそうです。
そういえばこれを食べるの20年ぶりです。当時はこの駅から名寄本線も接続し、列車本数は今と大して変わりませんでしたが利用客も多く活気があったと思います。

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2007年8月20日 (月)

2007・急行はまなす

067 066 青函トンネル開業時に設定された青森と札幌を結ぶ夜行列車です。
14日夜に自身16年ぶり3回目(なんか甲子園みたい)の乗車です。
北海道東日本パスで乗車できる急行列車である。そのため自由席の混雑が予想され、青森での利用者は20時43分着の東北線乗り継ぎ客が主であろう。
ということはその前の20時丁度に着く特急で先回りした。179 20時10分のホーム。まだこんな状態です。
案の定20時45分頃、東北線からの乗り継ぎで列は伸びた。180 21時を過ぎると荷物の番が増え、夜行列車のムードが高まる。182
21時30分頃列車入線。14系と24系の寝台および座席車で構成され、ゴロ寝車両やシートを改良したドリームカーも連結しています。
この日は寝台3両、指定席5両、自由席3両の11両編成です。ドアが開きます。行列のほぼ先頭だったので余裕で座れました。
停車中に席は埋まっていきます。185 発車間際に大学生らしき人が「隣あいてますか。」折角なので座らせた。混雑するのわかってるのだからもう少し早く来ればいいのに、と心で彼に訴えた。
184 いよいよ発車。札幌に向かいます。目を閉じます。列車はいくつものトンネルを抜けて青函トンネルへ。意識がもうろうとし始める。
過去の経験上青函トンネル内から東室蘭手前まで熟睡しているから、今回も眠れそうである。
しかし函館のアナウンスで目が覚める。186 ここで進行方向が変わる。後ろ向きで走る。大沼へののぼり勾配、トンネルが続く。
2号車に乗車しているが、長大編成を引っぱるDD51の唸りがここまで響く。やがて長万部。アナウンスは容赦ない。
次に目が覚めると、左側の車窓が明るくなり始めている。トンネルを抜けるとだいぶ明るくなってきました。187 右に巨大な工業地帯とつり橋を見ながら東室蘭。
今度は右側が明るくなってきました。188
190 192 194 時折海が見えます。
グロリア・エステファンの曲が似合いそうな車窓です。
191 苫小牧を過ぎると始発列車の意味合いも強くなり、日差しも強くなってきました。197
198 南千歳、千歳、新札幌と止まり、札幌に6時7分終着。一日が有効に使えそうです。068

18日に青森行き列車も東室蘭から乗車しました。
乗客たちの表情を見ると様々な人間模様が感じ取れました。
153 155 青森県に入ると空が明るくなっています。673
こんな垢抜けない夜行列車。日本人の風土にピッタリです。飛行機・バスなどアメリカの文化を押し付けられる筋合いはありません。
いつまでも走り続けて欲しい列車です。674

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2007年8月11日 (土)

夏期休暇

申し訳ございません。

しばらく休みます。

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2007年8月10日 (金)

201系T28(T128)編成

昨日、201系のT128編成、元T28編成が廃車のため長野へと回送された。
T28 T28編成時代の写真。まだ201系を撮り始めたばかりの頃です。西国分寺駅にて。
T1287 T128編成。この写真は高架切り替え後の朝に切り替え地点で撮ったものです。

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2007年8月 9日 (木)

【国分寺】武蔵野うどん【一橋学園】

とにかく毎日暑いです。少しでも涼しいものを食べたいです。
国分寺駅北口と一橋学園駅南口にあるお店。どちらもホーロー看板ですぐわかります。
20070804141918 この日は一橋学園店に入店。2時頃だったので空いていた。
国分寺店は駅近くのため常に客が多く、昼時はずした2時頃でも満席だろう。
以前そこのアルバイトのウェイトレスさんと全く注文がかみ合わなかったことがあった。
自分「武蔵野のらうどん合盛(そばとうどん)でお願いします。」
バイト「注文は何ですか?」
自分「(人の注文聞いてないな。「のら」も理解しようとしないな。しょうがないから)肉汁だよ。」
バイト「うどんですかそばですか?」
自分「(だから!)合盛で(人の話聞いてんのかよ!)」
味以前にそのやりとりの方が思い出に残ってしまった。そのバイトさんは現在いないみたいです。
話がそれました。早速「肉汁うどん(650円)」を注文。週刊誌を開き時間を潰す。
15分くらい待ちました。もし急いでいる時は辛い時間です。20070804140520
さすが手打ちというだけに極太の麺。待ち時間が長いのは仕方が無いです。透き通っているので見た目涼しげです。
お肉たっぷりのつけ汁は良い味ですがかなりしょっぱいです。
実際の量以上に満腹になりました。

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2007年8月 8日 (水)

自分の写真

最近発売されたある雑誌に自分が写っている写真が出ていた。ちょっと間抜けな表情には苦笑した。
さて、集合写真であるため一緒に写っている仲間たちと自分を客観的に比較が出来た。パッと見でどう感じるかである。
結果を先に言うと、自分はズバリ「インパクトがない」のである。
残念ながら二枚目ではない、かといって特徴あるわけでもない。全体的に小柄なため存在感がさらに薄い。
シャツの胸の辺りの筋肉は盛り上がっているが、よく見なければわからない。

人間、第一印象で人格が決めつけられる事も多い。かつては体力もなく貧弱な体つきで、「見てくれのとおりの人物」であったので
甘く見られた事も多かったのは納得が行く。
少しでも自分を大きく見せようとするため高価な車に乗ったり高価な鞄やら財布やらを身につけ生きがっていたりもした。
背伸びをしたその姿は人から見れば滑稽でしょう。今思い出しても恥ずかしいものである。

その後体を鍛え、体型は良くなったが所詮は写真の通りである。
鉄道車両でもこんなのいるかな?と当てはめると、だいぶ好みが入っていますがこのあたりでしょうか。
Img_0029_2 ヘッドマークを付け優等運用に就くキハ400。元は地味で非力なキハ40です。

まぁ、見えなど張らずに自分にあった生活がいちばんですね。

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2007年8月 6日 (月)

大型二輪免許

どうにか取得できました。ブログ更新途絶えていた理由はこれです。

先週は心配で気が気でありませんでした。
土曜日の炎天下の昼、当日教習所において受験者5名。大型は自分1人。他高校生3名は中型、もう1人30代の男性はATです。
発着点に歩いて向かう。35℃の気温がアスファルトが照り返し容赦なく襲い掛かる。
最初は自分。暑さの中集中力をきたさず発着点に戻ってくる事だけを考えて走らせました。
しばらくは四輪コースを走り、不安であった急制動もクリア、その後は検定コースで二輪コースを走りました。
そろそろ暑さで集中力が欠き始めました。一本橋をどうにか渡り終え、クランクでラインを誤り外側に大きく膨らんでしまいました。
ダメもとでハンドルを一杯にきって進めたところ、前輪が僅か数センチでパイロンをかわしてくれました。
最後のスラロームも暑くてグタグタ。途中でギアがニュートラルになる始末。でもどうにか発着点に戻ってくる事が出来ました。
その後4名の試験をベンチで見学をしたかったが疲れはててずっとうつむいたままだった。
時折見ると、皆いい走りをしている。ただ、最後の人は一本橋で落ちてしまったようだ。
結果発表。最後の人を除いて全員合格。落ちた人も一本橋さえ通過できれば5人全員合格だっただけに、ちょっと残念であった。
試験内容を教えてくれると一本橋は規定10秒を少し不足、スラロームはかなりオーバーしていたそうです。他に合図消し忘れ1回でした。
ギリギリでしたね。
試験管殿、この暑さの中体調不良のところ検定していただきましてありがとうございました。この場を借りてお礼いたします。

結果、規定12時間+3時間オーバー+自由練習1時間の合計16時間で卒業。かなり険しい道のりでした。
必死になって一本橋やらスラロームを走行する事はもう無くなってしまいました。

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2007年8月 3日 (金)

201系H22(T121)編成

最近更新が滞っております。
昨日、201系のT121編成、元H22編成が廃車のため長野へと回送された。
この編成、最後の霜取りパンタ付編成だったそうです。
最近まで長らく武蔵小金井の車庫に分割されて留置されていました。結局復帰することなく廃車になってしまいました。
H223 H22編成時代の写真。中野駅。
T1213 T121編成。国分寺。

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